魅力日本新天地!

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NHKラジオ第2(中国語放送) 
2015年2月15日放送  
日曜日 午後3時45分~4時

ラジオをお聴きの皆さん、≪魅力日本新天地≫という番組を放送させていただきます。

「皆さん、こんにちは、ウンユーです。」「こんにちは、シーカーです。」
日本の魅力を紹介する≪日本新天地≫の時間です。
今回は、日本の中部に位置する三重県、志摩半島にやって来ました。ここは、世界で初めて真珠の養殖に成功したところです。
それでは、うちの、インドネシア語のアナウンサー、シジト・プイノモさんと一緒に、ここ、志摩半島で海の宝石、真珠を探索しましょう。

「シジト・プイノモです。私は今、船に乗って、志摩半島南端の英虞湾にいます。英虞湾は世界でも有名な養殖真珠の産地です。」
真珠は、もともと、インドネシアでも養殖されていましたので、インド人は、真珠のことをよく知っています。
日本の真珠は、どうやって養殖されているのでしょう?私と一緒に見に行きましょう。
志摩半島は、三重県の東南部に位置し、太平洋に向かって突き出ています。英虞湾は志摩半島の南端に位置します。
リアス式海岸の英虞湾には、大きさや形の異なった、美しい入江が連なっています。
こういった地形の湾は、水面が穏やかで、台風などの影響を受けにくいので、真珠の養殖には最も適しているのです。
海面に浮かんだ、たくさんの真珠筏を見ながら、御座烏賊浦(ございかうら)という、小さな漁村に着きました。
村の背後は山で、海に小舟が停泊しています。海辺には工場のような古い木造の小屋が並んでいます。
海面は、見渡す限りの真珠筏です。
筏の上で何か仕事をしている人がいますね。幅40センチくらいでしょうか、板の橋が架かっています。
筏まで渡ってみましょう。

ここは、柴原英明さんの養殖場です。
柴原さんは、筏から身を乗り出して、真珠貝が一杯入れられた篭を引き上げているところです。
この地域では、毎年12月になると、海中で養殖した真珠貝から真珠を取り出す作業をするのです。
今年45歳の柴原さんは18の時から父親の仕事を手伝ってきました。
今、御座烏賊浦には柴原さんのような、家族で経営する養殖場が10件ほどあるそうです。
「この時期に真珠を取り出すのはどうしてですか?」
「冬場、水温が下がると、珠の表面がきめ細かく滑らかになるのです。だから、この時期は真珠の光沢が一番良いのです。」

真珠貝と言っていますが、アコヤ貝のことです。英虞湾で養殖される真珠は、ずっと、アコヤ貝の中で育てられてきました。
アコヤ貝の大きさは大体子どもの手のひらと同じくらい、ウグイスガイ目、ウグイスガイ科に分類される二枚貝の一種です。
殻と身の間に、貝殻成分を分泌する膜があります。
これを外套膜と言うのですが、この、外套膜と貝殻の間に、偶然、砂などの異物が入り込むと、外套膜は破れて、膜の一部分が、
稀に、異物と一緒に貝の体内に入り込みます。
すると、外套膜の細胞は増殖し、真珠質という、貝殻の内側と同じ光沢を出す成分が分泌されて、その、異物を覆います。
それが真珠になります。
天然真珠は自然界で偶然に生み出されたもの。この理論を利用したのが養殖真珠です。
貝殻を削って作った小さな玉を、外套膜の一部分と共に貝の体内に挿入することで、徐々に真珠層を巻かせ、1、2年かけて
海中で育てたアコヤ真珠貝を、真珠が一番輝く冬場に引き上げるのです。
この冬、柴原さんの養殖場では3万5千個のアコヤ真珠を取り出しました。
貝は引き上げて直ぐ、海岸の加工場で処理されていきます。ゴムのエプロンを掛けた8人の従業員のみなさんが、
貝の口をナイフで素早く開けていきます。真珠を採りだした後の身の部分は、食用になる貝柱を採ってから、ミキサーのような機械にかけられます。
バケツに集めた真珠は、真水で綺麗に洗われると太陽の光を受けて虹色に輝きます。
「どうして、そんなにきれいな色になるのでしょう?」
「日本は四季がハッキリとしているので、水温も変化します。
暖かい海水では真珠層は厚く大きく育ちます。冷たい海水では活性を鎮めることで、真珠層は引き締められます。
二つの時期を交互に重ねることで、照りを形成し、輝きも増し、高品質の真珠が作られていくのです。
その中でも、最高級ジュエリーとなる珠は100粒の内、2粒くらいなんですよ。」

真珠を1粒もらいました。そして、柴原さんが、養殖場の隣にある、アクセサリーを創る“真珠体験”パール美樹に連れてきてくれました。
工房の山岡美子先生から、アクセサリーの作り方を教わります。山岡先生お願いします。

「まず、貝を開けます。ナイフを貝の間に差し込み、貝柱を見つけて切ります。
貝柱が貝殻から切り離されると、貝は開きます。」
「私も!表がデコボコ、ザラザラしている貝を持って、ナイフを慎重に貝の口に挿します。開きました!中を見ると、あっ!!真珠が入っています。」

いつも見慣れている山岡先生なのに、私が取り出した真珠を見て驚いています。

「これは本当に良かったです。スゴク綺麗ですね!ベースは白ですが、シャボン玉のような虹色で、直径10ミリもありますよ。アコヤ真珠の中では相当大きい一粒です。」

山岡先生の提案で、ブローチを作ることにしました。
専門のドリルで真珠に穴を開けます。ブローチの台の金属の部分に接着剤を塗りました。その上に私の真珠を差し込んで完成です。
初めて、私が作った真珠のアクセサリーです。
山岡先生、本当にありがとう!!      
このブローチと共に御座烏賊浦の思い出も大切に持って帰ります。

また、船に乗りました。次は、志摩半島の東岸に位置する鳥羽市に向かいます。

鳥羽市に着きました。鳥羽駅から海岸沿いに歩いて10分程のところに御木本真珠島が見えます。
今から、121年前、世界で初めて真珠の養殖に成功したのが、日本の御木本幸吉という人でした。
ここでも、真珠養殖をしていましたが、今は、世界唯一の真珠の博物館になっています。
1985年にオープンした、この博物館には、毎年、約25万人程のお客さんが国内外から訪れています。
館内で、私が驚かされたのは沢山の真珠を使って作った工芸品の数々です。
特に、奈良の古いお寺、法隆寺を模して造られたという72センチの塔。
博物館のスタッフ、井上達夫さんに作品の紹介をしてもらいましょう。

「この作品は1926年、アメリカのフィラデルフィアの世界博覧会に出展された作品で、12、760粒の真珠と貝殻で作られています。
当時は、高価だった真珠を人の手で造りだすなど考えられなかった時代です。
それも、真円の真珠なのですから、海外で展示されたこの真珠の塔は世界をあっと驚かせ、“日本、ミキモト、真珠”は、瞬く間に世界中に知れ渡りました。」

スピーカーから、海女の実演ショーを知らせる放送です。
海女というのは海に潜って、魚や貝を採ることを職業とする女性のことで、素潜りとは、潜水用の機械や器具などを用いずに水中に潜ることです。
以前は、真珠養殖のための天然              

アコヤ貝をとるのに、海女たちが使われていました。
ここでは、博物館前の海で、1日、数回、真珠貝を採りに潜る様子を実演し、再現しています。
3人の海女たちが、白い布の帽子を被り、手足を覆ったローブみたいな白い布の服を着て、海に潜りました。
1分ほどたって、海女たちは水面に上がって来ました。採ったアコヤ貝を観客に見せながら、次々と口笛を吹いています。
聞いてみましょう。

「それは、どうしてですか?3人の中では、一番若い22歳の中村友香さんです。」
「この口笛は、海底から、水面に上がってきた時、急に大きな呼吸をして、心臓や肺などに負担をかけないように、細く長く、時間をかけて息をするのです。
その呼気が笛のように聞こえるのです。これは、海女たちの昔ながらの調息方法です。
今、英虞湾には海女が970人程いますが、潜って採るのは、アコヤ貝ではなく、伊勢海老やアワビ、さざえやナマコといった魚介です。」

海女さんたちから聞いた話では、ここには、特に珍しい、うどんの食べ方があるそうです。
柔らかいうどんに濃い醤油のタレを混ぜて、その上に、醤油で煮たアコヤ貝の貝柱をのせたものらしいです。
旅の終わりに、近くにある食堂を探して、是非、食べてみたいと思います。

これが、そのうどんです。美味しいです。麺が太くてフワフワ。身体が暖まります。この貝柱は本当に美味しい。いくらでも食べたいです。

楽しい旅ともお別れです。
美しい景色、志摩で出会った暖かい人たち、珍しい食べ物・・・今回の志摩半島、真珠の旅は非常に印象的で、思い出深い旅になりました。
インドネシアの諺に「人生はいつも良いことばかり、美しいばかりではないけれど、素晴らしいことや、美しいことの全ては、記憶の中に残っている。
まるで、海が輝きを与えた一粒の真珠のように。」

≪魅力日本新天地≫
今回は三重県の志摩半島を訪れました。
それでは、鳥羽市までの交通手段です。
東京から名古屋までは新幹線で1時間30分。
名古屋駅から私営鉄道に乗り換えて、鳥羽駅まで約2時間です。

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